
菌輪〔菌蕈 2004.7より転載〕
根本 敬子
「お前ら子鬼ども、月夜に、牝羊も食わぬ緑の酸っぱい輪を作る奴。深夜のキノコ作りに興じている奴め。」 ―
シェークスピアの戯曲
「テンペスト」五幕(原文は文末に掲載)―
森や林や草原を歩いていて、キノコが輪を描いて発生しているのに出合うのは、うれしいものです。 その輪が、マツタケや、ムラサキシメジでしたら最高ですが、そんな贅沢はいいません。 名も知れない小さなキノコでも感動は変わらないと思います。
キノコ類の菌糸は、放射状に等しい速度で成長するようで、土壌の条件が均一ならば、年々、直系を広げながら大きくなって行きます。 その速度はハイイロシメジで日に2,3_程度と聞いたことがあります。
一年にすると、1b前後の成長ということになります。 アメリカのコロラド州では、100bを超えるものが発見されたといい、計算すると百年以上成長し続けたことになり驚きですが、大国アメリカの大地ならではのことでしょう。 この輪状に発生した菌類の子実体(キノコ)の状態を「菌輪」「菌環」と呼びます。 外国では、草地などでフェアリー(妖精)が月夜に輪をつくって踊り明かすイメージからフェアリーリング(Fairy ring)と呼び、訳して「妖精の輪」といいます。
ドイツでは、妖魔の舞踏場(Elfen-tanzplatz)、魔女の輪(Hexenring)などと呼ばれます。 イギリスでは悪魔がかき回してバターを作った跡といい、オランダでは悪魔の仕業だから輪の中の草を食べた牛の乳は、いいバターにならないといい、フランスでは輪の中にヒキガエルが、隠れているなどともいいます。
この菌輪はキノコが発生する時に見られるのですが、キノコは消えてもその描く輪の内外の草の緑が濃く、はっきり草の輪が残ります。
菌糸が土中の有機物を分解して草の養分が増える為でキノコが出た位置は水分が使われて土が乾き草は枯れてしまいます。 しかし、死んだ菌糸は分解して窒素やリンなどが増えてもう一度、緑が茂るようになります。 従って、「羊も食わぬ緑の酸っぱい輪」の、前述のテンペストの詞に菌輪を重ねたわけですが、同じシェ−クスピアの「真夏の夜の夢」二幕二場の仙女チテーニャの台詞に、
「さあさあ、輪踊りをお始め、妖精節をお歌い。それが済んだら二十セコンドばかしの間仕事にいっといで。」−坪内逍遥訳−なども菌輪を連想させます。
森林の多い日本では草原も狭くて、数としては多くないかもしれません。「月の輪」と気味悪がったりします。
その近くに馬を繋ぐと病気が治るなどの言い伝えも聞きます。
マツタケの発生する松林などは輪になりにくい地形で、半円や弧の一部を盆踊りの踊り手になぞらえて「踊り松茸」と呼ぶといいます。 又、布を敷いたように出る状態を布引と言ったりもします。
私はよく通う海岸の黒松林の中のモリノカレバタケ、オオホウライタケ、ハラタケなどの見せてくれるキノコの表情である小さな菌輪に、見惚れています。 日本ではしゃれた妖精のイメージより、土俵の輪に遊ぶ子鬼だったり、烏天狗だったりするイメージも悪くないのではないでしょうか。 数多く存在するという自然神の一柱の依り代を想像するのは、どうでしょうか。
You demi-puppets that
By moonshine do the green sour
ringlets make,
Whereof the ewe not bites,
and you whose pastime,
Is to make midnight mushrooms
(ネモトタカコ エッセイスト
日本菌学会東北支部会員)
