冬虫夏草について

佐藤奈々子

 

 一般に冬虫夏草と云われているのは、世界で350種程発見されているが、薬用にする冬虫夏草はCordyceps sinensis ( BERKELEY ) SACCARDO という学名をもっている昆虫寄生菌で、日本ではこの種はない。しかし今では色々な昆虫に寄生する菌を総称して、俗に冬虫夏草といっている。

 それでは中国産の薬用にされる正品の冬虫夏草とはどんなものか述べてみます。

 先づ、中国の冬虫夏草は、青海省、西蔵(チベット)、甘粛省、四川省、雲南省などの3,000m級の高山の草原地帯に生息する昆虫寄生菌です。この冬虫夏草菌が寄主とする昆虫は、蝙蝠蛾(コウモリガ) (Hepialidae) の虫草蝙蝠蛾Hepilus armoricanus OBERTHOR (別名冬虫夏草蛾)といわれる「ガ」でその幼虫に寄生するのです。

 ところで、コウモリガが食べるタデ科の珠芽蓼(ムカゴトラノオ)という植物は、中国の西蔵、青海、陝西、甘粛、新疆、四川、河北、吉林、遼寧、内蒙古省などに広く分布し、海抜2,300m〜4,000mのやヽ湿ったところに生えている。茎の高さ10〜35cm、花の色は白か紫紅色で、日本の高地に生えているイブキトラノオに良く似ている。

 私は嘗て現地ガイドに案内され、霧降高原を歩いたことがあった。深い霧に包まれた高原にはたくさんの高山植物が咲き乱れ、白いベールを通して見る様な幻想的な世界である。やがてなだらかな丘が現れると,そこは白いイブキトラノオがどこ迄も続いていた。ふと、チベット高原に迷い込んだ様な錯覚におそわれ、暫く立ちつくしていた。

 私が霧降高原で見たイブキトラノオは、地下部は大きな塊茎根があり、中国では「挙参」という漢方薬にされている。ムカゴトラノオも同様の塊茎根をもっており、チベットでは薬用にされている。消化を良くしたり、下痢止めや、結核、月経不順にも用いられているようだ。

 コウモリガの幼虫は、全身が淡黄色で20〜30個の横紋の節がみられ、頭部が赤褐色で、腹部に8対の足がある。カイコのようなイモムシである。冬の間は土の中で越冬し、

  卵 ――→ 幼虫 ――→ 蛹 ――→ 成虫  と云うライフサイクルは、4年以上かかる。幼虫は土の中でやヽ傾斜したトンネルを掘って自分の生活ルームを作る。餌を食べるときには、室から出て土中を動き回る。冬期の凍った土中でも乾燥することはない。

 ところが3〜4歳の幼虫の時期の9月に、冬虫夏草菌の胞子が成熟し、その胞子が雨水により土中に入っていき、幼虫に付着し、関節などの柔らかい皮膚の部分や、口や消化器官から入ったり、呼吸器官を経由して侵入し、コウモリガの幼虫の体内成分をタンパク源として、徐々に菌糸体が増え続ける。しかし、それでも幼虫の体の表面だけは、菌糸体に食べられることなく、外観上幼虫がまだ生きている様に見える。

生時さながらの状態を保ち続け越年するが、もし成長過程で子実体の頭部などがハチやムカデなどの天敵にやられると、数年間そのままの状態を維持し、新たに再生されるのを待つというライフサイクルを持っている。

生薬の冬虫夏草を作るには、その収穫時期は虫草の一番重い5月下旬から6月上旬にかけてであり、それより早いと軽いし、7月になると又軽くなってしまう。私は毎年ツクツクボウシタケを観察しているが、この体の中の変化は大変類似しているように思う。又体の表面も然りである。

 冬虫夏草の効能としては、我が国では、保健薬とか強壮薬とかいわれているが、中国では「補薬」という名称が使われており、副作用のない滋養強壮薬であり、虚弱体質の人には体力増強作用があると云われている。中国でこれを漢方薬として用いる場合には単独で用いたり、又たくさんの生薬と配合して用いたりしている。又薬膳料理としてアヒルやウナギ、ウズラ等と一緒に調理されている。

 日本でも今はたくさんの種類の冬虫夏草が発見されているが、これらがすべて薬になるとは限らない。私達が口にしているキノコにも食毒がある様に、危険なものがあるのかもしれない。安易な使用は控えるべきである。 

 最近冬虫夏草の研究が盛んになされているが、現在のところその薬効が解明されたのは、僅かにサナギタケとツクツクボウシタケ位である。これらはいずれも免疫力を高める効果が確認されているが、更に後者には、臓器移植に欠くことのできない免疫抑制力も合わせ持っていることが分かって来た。又、研究用等には数量の少ない天然物にかわってカンテンを使って組織培養も行われる様になった。これからの研究成果が楽しみである。

 

 参考文献  平成8年1月31日発行 

   「冬虫夏草」秘密とそのパワー

      近畿大学薬学部教授 久保道徳 著