
スギヒラタケについての私的考察
木村 栄一
最近、世間を騒がせている食用きのこのひとつで、杉林のきのことしても古くから良く知られている「スギヒラタケ」を話題にしたいと思います。野生のきのこであるスギヒラタケを食べた人が、原因不明の急性脳症を発病することが新潟県に始まり山形県、秋田県、更には宮城県においても相次いで報告され、中には死に至るケースもあることから、ミステリー事件として大きくクローズアップされております。きのこに携わる者としては、晴天の霹靂のような事件であり、事の成り行きが大変気になるところであります。昔から食用きのこの代表として、特に東北や北陸地方などで人気のきのこが、なぜ級に「有毒」扱いされるようになってしまったのでしょうか・・・?
そもそもスギヒラタケとは、キシメジ科スギヒラタケ属の食用きのこで、初秋にスギの古い伐根等から発生(関西や日本海側ではマツの根株や倒木にも発生)する白色の扇形をしたきのこで、きのこの発生の少ない杉林に多く発生することから、毒キノコと見間違うことのほとんどない安全な食用きのこのひとつであった筈なのです。それが命を落とすような猛毒のきのこに変身してしまったと言うのですから、まさに驚きです。特に、今年は高温で台風も多かったことから、全国的にスギヒラタケは大豊作だったようで、筆者も近所の公園などで大量に収穫し、たらふく食べたのですが、特に異常はありませんでした。どうやら食べた人全員が発症するのではなく、腎臓を患っている人などの特定の人に発症が限られているようなのです。原因については専門家がそれぞれの立場で、鋭意解明に向けて努力中のようですが、原因が特定されていないこともあって、気候による突然変異説や感染微生物説など、毒化の理由については、きのこ関係者のみならず、多方面でいろいろと議論されているようであります。
厚生労働省は、スギヒラタケとの関連が疑われる急性脳症の発症者がこれまでの9県59人(うち死者は17人)に加え、新潟県で10月に20歳代の男性が腎臓病にかかった記録がないにもかかわらず、死亡したことを受け、2004年11月19日付けでそれまで腎臓機能が低下している人だけに限定していた摂食規制を改め、一般の人も食べないよう呼びかける通知を都道府県に通達したことが報道されました。また、先に行われた日本腎臓学会の緊急報告会においても、「スギヒラタケ脳症」と考えられる症例は、57件の情報提供のうち52例(うち死亡症例は15例)で、発症者の平均年齢は68.5歳、摂取して平均約8日後に神経症状を発症しているが、家族内発症例は報告されていないこと、更には、人工透析を受けている腎臓患者552名についてスギヒラタケ摂取状況を調査した結果、今年スギヒラタケを食べた患者は290名で、うち発症者は12名(4%)だったとの報告がなされております。(山形県では、10代の子供がスギヒラタケを摂取していないにもかかわらず、急性脳症を発症していた症例も報告されております。) このような結果となった今回の発症原因について、専門家の意見を基に解析してみることにしました。
スギヒラタケは、もともと若干ではありますが猛毒の「シアン化水素」を生産していることが報告されており、更には、赤血球を凝集させる「レクチン」と呼ばれるタンパク質も含有していることが判明しております。しかし、生物から微量のシアン化水素が発生することは、一般的に見られる生命現象であり、他の食用きのこ類(マイタケやニオウシメジ etc.)においても同様の成分が認められていることなどから、生で食さない限り特に問題となることはないとされております。今年の異常気象により、これから特殊成分の含有量が急増するようなことが果たしてありうるのでしょうか・・・? また、毒成分が変化したとしても、その発症経過にも疑問が残ります。一緒に食べた家族には影響がなく、腎臓患者に特異的に多く発症しており、しかも、嘔吐や下痢などの一般的なきのこ中毒の症状はまったく認められず、食べてから数日間程度経過してから発症しているのはいったいなぜなのでしょうか・・・? 更には、今年急激に脳症の報告例が集中したことにも疑問が残ります。そもそも急性脳症とは、ウイルスや細菌、あるいは中毒物質が体内に取り込まれたときに発症する急性の中枢神経障害のことで、原因が特定できないものの症状を総称した病名であることから、今年になって突然に脳症患者が急増したとはとても考え難いのです、そこには何か理由があるのではないでしょうか・・・? その道の専門家に因れば、昨年11月の医療機関における情報開示に関する法改正が影響しているのではないかとの意見もあります。感染症法が改正され、全ての症例の届け出が義務付けられた結果、今まで原因不明の死亡例の情報すべてが漏れなく報告されるようになったことで、スギヒラタケとの関連性が急浮上したとも考えられます。新潟県への第一報は、この法律改正に基づく届け出だったとされており、県が周辺の医療機関に問い合わせを行った結果、報告が相次ぎ、今回の事件にまで発展したとの見解もあるのです。また、当然のことながら、腎臓疾患者に被害が集中していることから、該当患者らが服用している薬との「飲み合わせ」も指摘されるところであります。腎機能障害者はもともと薬物等により急性脳症を誘発しやすいことから、日本医科大学のコメントによれば腎機能に欠陥がある場合、有害物質や薬物などを体外に排出し難くなるために、これら毒物が蓄積して急性脳症を引き起こすことは多々ありうることで、そのような薬の副作用による発症例でもっとも多いとされているのは、何と愕くことに胃潰瘍治療薬なのだそうです。スギヒラタケに何らかの原因で、脳症を誘発するような「薬物」の含まれていた可能性はないのでしょうか・・・?
厚生労働省内に設置された「急性脳症の多発事例研究班」の初会合においては、スギヒラタケの抽出物をマウスに経口投与した場合に異常は認められないが、マウスの腹腔内に直接注射することで死亡が確認されたことから、きのこ自体に何らかの毒性物質の含まれている疑いが出てきたと報告されております。更には、金沢大学薬学部の太田らの研究グループによれば、スギヒラタケにはシビレタケなどの毒きのこに含まれる「シロシビン」に類似した化合物(セロトニン:低分子の脂溶性物質)が含まれていることが判明し、この「セロトニン」が中枢神経を麻痺させて急性脳症を引き起こしているのではないかとも推察されております。(さすがは、我らが太田先生。毒キノコとなると対応は、すこぶる早い!)
このような状況から判断すれば、スギヒラタケはもはや紛れもない毒きのこと考えられる訳でありますが、長年食べ続けてきた筆者にとっては、どうしても一概には納得できかねるところがあるのです。今回の厚生労働省の研究班である静岡大学農学部の報告によれば、スギヒラタケの熱水抽出物(高分子物質)をマウス腹腔内へ直接注射した結果、死亡が確認されたとのことでありますが、筆者にはどうしても実験方法に問題があるように思えてなりません、事実、同時に行われた高崎健康福祉大学の研究グループの報告によると、熱水抽出物のマウス経口投与実験においては、死亡などの異常症状は特に認められなかったとの発表もなされているのです。実験に用いられたスギヒラタケが異なることから、実験系の相違ではなく、脳症の多発した日本海側のスギヒラタケに原因があるようにも考えられるのですが・・・? 筆者にとってこの度の静岡大学の研究報告は、2001年9月の癌学会で大阪大学医学部の研究グループによる、「きのこの多糖体(レンチナン)に、心臓の筋肉に障害をもたらす作用があり、死亡する場合もあり得る」というマウス実験での発表を彷彿させられる思いがして仕方がないのです。「シイタケ有害」との発表は、当時かなりセンセーショナルに報道され、筆者も体に良い(癌に効く)はずのシイタケが、人体に有害である可能性があると知らされ、一時愕然とした記憶があります。しかし、癌学会で発表されたマウスの死亡例は、専門化の間では多糖体を直接腹腔内へ注射投与したことで、高分子のまま体内に取り込まれたことによる肝臓や腎機能障害、あるいは心臓機能障害によってひきおこされたことによる死亡の可能性が強いと指摘され、きのこを食することでの直接的な弊害ではないと結論付けられたのでした。今回のスギヒラタケの熱水抽出物(高分子物質)を直接腹腔内へ注射することによるマウスの死亡報告は、きのこの種類こそ異なるものの、まさに同様の内容であることから、他の研究機関による追認試験が早急に必要だと考えております。食用きのこが毒化する事件としては、ロシアのチェルノブイリ原発事故での放射能汚染によるアンズタケなどの毒きのこ化が有名でありますが、日本海側に特に被害が集中していることから、日本海側のスギヒラタケにチェルノブイリのような何か異変が起きているのではないでしょうか・・・? そういえば、日本海側においてはマツ材にもスギヒラタケが発生することから、専門家の間では、「腎機能の低下が前提条件」との意見で一致しており、きのことはまったく関係のない「薬物」が原因ではないかとも考えられているのも事実です。
これら専門家の見解をもとに総合的に推察してみるに、日本海側に発生するスギヒラタケの「固有成分」に原因があるのではないかと睨んでいるのです。日本海側においては、近年マツクイ虫による松枯れの被害が急増しており、防止のための薬剤散布が行われております。これら被害木に発生した「農薬汚染きのこ」による薬害の可能性はないのでしょうか・・・? 今年は全国的に台風の多発等による異常気象で、スギヒラタケが大発生しております。当然のことながら例年にも増してマツクイ虫の被害木や農薬散布された被害木から発生したスギヒラタケを食した結果が今回の事件に繋がったのではないのでしょうか・・・? あるいは、やはり金沢大学の指摘のように、スギヒラタケ自体に含まれている低分子の毒成分(高分子成分は脳に到達できないことから、原因物質とは考え難い)が何らかの原因で含有量を増大させた結果、毒化したのでしょうか・・・? きのこ愛好家の一人としては、スギヒラタケの直接的な毒成分ではなく、農薬等の他の薬物による間接的な原因であって欲しいと願っているのです! それゆえ、研究班においては、今回のスギヒラタケだけが急性脳症を引き起こす「特定物質」ではないことを前提に、もっと広い視野に立脚した発症原因の科学的な解明に向けた研究をすすめてもらいたいものです。
今後のスギヒラタケの摂食に関しては、己のことは自己責任において判断したいと考えておりますが、対外的には、原因が完全に究明されるまでは、やはりスギヒラタケの摂食は避けるべきだと言わざるを得ないと心得ております。最後に、きのこ栽培の研究に携わる者の一人として、今回の「スギヒラタケ事件」がヒラタケ類などの名前の類似した栽培きのこの消費に悪影響を与えることのないよう切に願うと共に、古くからの食用きのこ類はこれ以上毒きのこの仲間入りすることのないよう、早期に明確な原因の真相究明が成されることを祈るばかりです。

