遍在菌について

相馬直明

以前私は、とある席で次のようなナゾナゾを出したことがあったが、解答する機会もないうちに忘れ去られてしまったようだ。

―――『みんなが持っているキノコ』とは一体何でしょう―――

これは私が大館近傍で発見()した『遍在菌』ユビキタス ファンガスubiquitous fungus であったが、『本場』の秋田県民にとっても存外難しかったらしく、結局誰にも解いてもらえなかった。あまつさえシモネタ扱いされてしまった。―――悲しいかな。(当然かな?)

さて近年私はキノコの学名をラテン語で...(あとで後悔イマワのきわ、一月元旦まだ未定、二度と再び申すまじ)―――訂正。キノコの名称を学名で覚えることに興味を抱いている。あるいはむしろ、学名の意味を知ることに興味があるといった方がよいのかもしれない。これは英語のボキャビルにとってもはなはだ好都合である。なにしろ抽象度の高い英単語のほとんどがラテン語やギリシャ語に由来しているからである。

佐藤奈々子さんからは、以前お話に伺い忘れかかっていたキノコの学名に関する辞書風参考書を思いがけず頂戴し欣喜雀躍した。これで百人力である。(ご希望の皆さんにもお貸しします。)

学名などのラテン語の読み方は、本来ラテン語式に発音するのが一番なのであろうが、各国でまちまちになっているそうである。私などは、どうしても英米式、特にアメリカ式の発音(読み)が気になり、専らそちらで覚えようとしている。

ラテン語式ならY//V//と、またCをカ行で発音するくらいで、あとは大体ローマ字読みだから覚えるまでもない。アメリカ式では、たとえばMYCOTA/マイコウタ/。ここで//にアクセントを置く印に/’/と表記した。(キンモンを何と呼ぶらん舞妓唄)

蛇足(トリビア):クリスマスをX’masとかくのは、辞書のアクセント記号をそのまま書いてしまったもので,正しくはXmasとかく―――そうである。

ラテン語(風英語)特有の文字配列の米式発音は、知らないとちょっと見当がつきにくい。読めると便利でうれしい基本語たちのいくつか...

    −MYCOTINA/マイコタイナ/     −菌亜門
     −MYCETES/マイスィ−ティ−ズ/   −菌綱
     −MYCETIDAE/マイセティディ−/  −菌亜綱
特に知りたい()次の読み方:
     −ALES/エイリ−ズ/          −目
     −ACEAE/エイスィイ−/        −科
その他については―――思いつかないからとりあえず省略する。

 ところで世界中の生命たちは動植物、菌類その他を含めて膨大な種数に上る。これらすべてについて―――既知種に限ってだが――― 一応区別がつくよう異なる名称が与えられているものと思う。そうでないと困る。当たり前のことかもしれないが、有限個の言葉であっても、その組み合わせは(可算)無限個もある。それ故名称をそれ自体として全て記憶しようという試みは不可能にしてかつ愚かしい。有限個―――可能な限り少数の―――の語根を覚え、それらの組み合わせを理解するだけで充分である。

蛇足:すべての名称の載っている辞書は存在しえない...と言いたいところだったが、先の議論も含めて、これは「じゅげむじゅげむ...」のような反復を許せば…の話。語根の重複を許さなければ、その総数をnとし、順列も定まっているとして、名称の総数はnビット(すなわちその可能情報パターン総数2n乗)に相当し有限となる。もっとも一辺300億光年の立方体に、隙間なく埋め尽くされた一辺1A(オングストロ−ム…100億分の1m)の立方体の総数も、一年のうち何月何日にキノコ採りに行くかという年間予定表の総数365ビットに満たない!! 

名称の意義―――第一義は、他からの区別にあるが、それだけではない。名称を与えること、すなわち命名によって、初めてその種が茫漠たる存在から抜け出し、堅固なる実体としての存在を主張し始めるかのようである。それは名称が単なる序数や記号としてではなく、『名が体を表す』ように与えられるからでもある。しかしそれ以上の力が名称にはあるようだ。

名称のそれ以上の力、その『意味』とは何であろうか。―――それは肩書き、名誉、大義名分、はたまた虚飾。そしてそれはあるとき汚名、紋切り型、予断と偏見を担う何か...。 

 これら名称を巡って、人間様の都合により貴賎が生じ、なさずもがなのいさかいを引き起こしているのが世間というものであろうか。

―――(以下夢想が始まる)―――

その世間―――われら・・・・
        われらはある縁を通じて知り合った
        われらは親睦の集いであった
        われらは同じ迷える 傷つきやすい人間
        ともに いずれ まもなく 死を迎えることになる 
        業の深い悲しい人間―――そして
        共に手を携えてゆくべき仲間たち―――なのであった 

―――(夢想Tおわり 夢想Uはじまり)―――

 ...この大きな共通項を深く想い、自覚するとき、お互いの相違を尊重できる。寛容になれる。一人一人の自己表現、自己実現を優しい気持ちで応援できる。落伍しそうな人にたいしては、一緒だからがんばろうネと励ましたくなる。和の乱れそうな動きに対しても、それを力尽くで押さえつけたり、仲間はずれにしたりするのではなく、辛抱づよく話を聞き、調和を図ろうと心を砕く...。

 弱者および年長者への自然な礼節を含むDIVERSITY(相違・多様性)の尊重。それが『キノコの前に皆平等』のいいであろうか。それは名称を尊重はするが、それにとらわれないことでもあろう。

 JulietRomeoにこういったっけ――――
 What’s in a name?            /ナメコ’ナ’ンダテヤ
  That which we call a rose         バラノハナ’コナ’ンテヒテ’モ
 By any other name would smell as sweetアメエカマリコオナズダ’ベ’/ (『直』訳)

(夢想Uおよび解答その他―――終了)

蛇足:以上でお分かりいただけたようにナメコすなわち名称は『遍在菌』であるが、それは同時にそれを巡って引き起こされる遍在的な諍いの種でもあることから、これを以って『遍在菌』の定義としてもよいかと思う。なおその遍在菌は世界中いたるところの集いに紛れ込んでいる。拙文がその意図に反して然る集いの当事者を挑発しかねないようであれば、これも遍在菌ということになろうか。