〔菌蕈 2003.11より転載〕
カラマツ林から
― ハナイグチ キヌメリガサ ―

根本敬子  

  キノコとのつき合いは、札幌、カラマツ林から始った。 羊ヶ丘の官舎暮らしはカラマツの大木に囲まれて凡そ20年。 我が家の喜びも不安ごとも見下ろされていたように思う。 その上、折々にキノコを授けてくれた。
 唐松は落葉樹で葉を落とすから、季節ごとに姿を変えて、それぞれに美しく、一年一年を紡いでくれた。 春は若緑色の芽吹きが長い冬の抑えられた気持ちを開放してくれる。 道端の雪が小さな流れを造り、やがて緑の草で覆われる頃、カラマツも深い緑に変わって、夏へと移っていく。 その頃から、ハナイグチ(Suillus)が採れるようになる。 カラマツの下に発生して、存在感がある中型キノコは滑りのある茶色の傘、カステラのような黄色の管孔を持ち、地面に潜るようにあるから、間違うことはない。 朝、鍋を用意してから家の前の林に採りに行き、味噌汁の具にしたことが何度あったことか。 滑りがあり豆腐と合わせると最高。
 信州あたりでは地方名ジコウボウ、リコウボウと言うらしい。 時候坊か利口坊なのか語源不詳である。
 北海道では、ラクヨウまたはラクヨウキノコと呼んで好まれている。 食キノコランキングも上位である。 それに発生時期も夏から秋へと長いし、煮ても形が崩れず、大きさも変わらないところから、塩漬けにして置くとキノコのない冬も楽しめる。 不消化だという人がいるが、新鮮なものを選ぶことが大事で、今までおなかを壊したことはない。 私が札幌で最初に覚えたものである。裏がヒダでなく、管孔の仲間をイグチと呼ぶがこの属には他にも数々ある。 カラマツ林で圧倒的に多いのはハナイグチであるが、他に同属の全体が白いシロヌメリイグチ、管孔が放射状に配列する傘に鱗片のあるアミハナイグチなども見かける。
 白い乳を出すLactarius属のカラマツチチタケ(不食)、卵黄色のアンズの香がするアンズタケ()、小形で黄色いヘラタケ(不食)など。
 カヤタケ
Clitocybe属のホテイシメジ(食注意)は、ヒダが垂生した姿のいいキノコで布袋の名は、茎の下部がふっくらしている様子から来ているのだろうか。 酒と一緒に食べると悪酔いするという複雑な成分を持っている。 また同属にある末端紅痛症という激痛を起す毒キノコのドクササゴの毒成分を北海道大学の理学部が抽出に成功したとのニュースあり、興味で探したが当然ということか札幌では出会えなかった。 抽出に使ったドクササゴは北陸方面から運んだとは後で聞いたことである。 現在、この特異な症状を持つ毒キノコ発生の多い仙台に住んでいるのは、何かの縁だろうか。 しかし、仙台市内でカラマツ林を見かけるのは稀である。 宮城県下での自然の自生地は、蔵王連峰「馬の神岳」(1,409b)だけだという。 でも、山地や丘陵地では植林されているから郊外に出れば出会える。 宮城蔵王の入口である遠刈田は温泉地であり、植栽された林が多いので、折々に、出かけて懐かしい樹影に身を委ねる。
 カラマツは、秋深くなって葉が黄色に色づく頃が好きである。 青空に黄色の葉が映え、やがて夕日に、黄金色に輝くのがもの悲しくて美しい。 北国の秋の挽歌、長い冬への期待。 カラマツの松葉は木綿針のように短く、初雪がらみの風に、飛んで道や道路を蓋い、家の中にまで入り込み、そして、総て落葉して木は枝だけとなる。

 その頃、姿を見せるレモン色のキノコがある。 小型だが眼の覚めるような黄色でしかも群生する。 冷たい風に耐え、時には雪を被ることもあるのに健気である。 キヌメリガサ
(ヌメリガサ属、食)の地方名は、カラマツユキノシタ、カラマツキンタケ。 粘性が強いので松葉が張り付いている。 それを採るのが大変だと思った人が付けたのか「根気茸・コンキタケ」ともいう。 私は鋏で採集して湯掻いて大根おろし和えにする。 茹で汁があまりに鮮明な黄色に出たので染色に使えないかと、油絵描きの友人が「染色ですって。このキノコの繊細さは私の腕では描けない。下手に手を掛けたら罰が当るような気がするの」と言ったものだ。 ヒダと茎の付き具合が一つ一つ、小花のようで一瞬、寒さを忘れさせてくれる感動がある。
 そして、次第にカラマツ林は雪を被って冬化粧へと変る。

        (ネモトタカコ エッセイスト 日本菌学会東北支部会員)