きのこ回想〈その3〉
野村正治(H15.12.18記)
長いこと、きのこと付き合っていると、いろいろな情報が目や耳に入っ
てくる。
今回はきのこの誤食に因って起した中毒症状の例で、あまり知られていな
いと思われることと、自分なりに疑問を抱いていることについて記してみる。
例1
もう二昔も前のことであるが、私と同じ部落のAさん、今は故人となったが、普段は温厚な人柄で、よけなことをしゃべらない方だった。 Aさんは若い頃から、きのこ好きで、毎年食べていた、地方名のスナッコモダツと、畑で採った淡灰色のきのこを味噌汁にして昼食を済ました。 一緒に食事した妹さんは、きのこ汁は食べなかったという。
後日、妹さんに聞いた話によると、昼食後一時間ほど経って気付いたのだが、兄の様子が変になり、にこにこしながら、訳の分らないことをしゃべり始めた。 と思ったら立ち上がって、大きな声で唄いながら、手振り足踏みよろしく、普段と全く異なった兄になってしまったという。 妹さんは直感で「きのこにあたったのでは」と思い、お医者さんに診てもらうべく、兄の手を引いて、近道である鳴瀬川の浅瀬を渡って道を急いだ。 歩きながらの話では、川原の石ころの上を歩いていたのに、コンクリートの平らな道を歩いている、と話をしたり、炉端の火が遠くにある小さな明かりに見えたとも話していたという。 近道沿いにある病院で、先生に診てもらったところ「ワライダケだな」と言われ、注射をしてもらい、薬をもらって、車で帰宅した。 炉端で休んでいる内に落ち着いてきたので、早めに寝かせ様子を見ていが、すぐ眠りについたので、ひと安心。
翌日の朝、ひとりで起きてきたが、けろっとしていたので、昨日の事を話したら、何も覚えていないということだった。・・・・・・・
食べたきのこは、言うまでもなく、ワライタケと、ツチスギタケだった。
例2 (一部再掲)
古川市の主人、Sさんと息子さん。 晩酌に自宅の門口近くに植えてあった柿の木の根もとに生えていた紅色のきのこを、油炒めにして食べた。 一時間ほど経った頃、二人とも前後して吐き気を催した。 大したことがないので静かにしていたが、腹も痛んできたので、近くの病院に行き、診てもらったところ、「入院」と言われ病床の人となった。
そして1ヶ月余、良くなるどころか、日増しに体力が衰えて、病気したことがない主人があの世の人となってしまった。 若い息子さんは、その後もよく病苦に堪えて回復し、退院することができた。
その頃、学校教員として同僚だった娘さんの話によると、病名は、再生不良性貧血症とのことだった。 後日、菌類図鑑を見せたところ「このきのこです」と、指差したのは、ベニナギナタタケであった。 このきのこに毒があるとは、どの本にも書いてなかったので、本を疑い、今もまだ疑心が晴れていない。
〈関連〉 後で思い起こしたのは、10数年前、中学校の生徒のSさん、「このきのこを、お父さんが食べたが、あたらなかった。 名前を聞いてこえと、言われて持ってきたんです、名前を教えてください」と言われ、見たのは、鶏のとさかのような形のものと、バナナの房状、ひとつは棒状で、肉は締まり、表面は紅色、黄色の粉末も付いていた。 始めてみた珍しいものなので、「調べてみるから」と言って預った。
難しい宿題を抱えて数年、本屋で菌類図鑑を見つけたので、ページをめくっていたところ、預ったものとよく似たきのこの写真もあって、種名はカエンタケ、有毒と記されていた。 カエンタケの毒成分については「東北大学薬学部の太田富久先生」によって、検出されていた。
ところで、例2と併せて考察したが、中毒の原因となったきのこが、カエンタケとも疑われるが、なにしろ、30年ほど前のことなので、確かめようもない。
例3 〈昭和43年9月の中毒事故〉
色麻町内のTさんと、妻、娘さんが、屋敷内で採ったきのこを味噌汁にして食べた。 食後30分ほど経った頃、3人とも吐き気を催したので、「きのこがあたったのではないか」と直感し、車で黒川病院に急行した。 診察に当った医師は、きのこの中毒と診断し、注射をしてから薬を呑ませてくれた。 暫く休んで帰宅したが、思いのほか、軽くすんだ。 この情報を知らせてくれたのは、当時の県衛生研究所の主任研究員、故・牛沢勇氏であった。・・・・・
ところで、きのこは何であったか、電話を受けてTさん宅へ急行した。 奥さんに案内され、発生現場で見つけたのは、予想もしなかった、アブラシメジであった。この他に何も生えていなかった。 図鑑にはアブラシメジは食用にされると、記されている。 きのこに明るい、阿部さん曰く「アブラシメジは、一度湯がいてから調理するもの」と。 さすがは、きのこの名人、きのこの滑りは消化が悪いと説明してくれた。
例4 〈古川市内の主婦Sさん-70才代-〉
嫁さんが市内の知人から、白いきのこを貰って来たので、夕飯の汁の実にして食べた。 嫁さんは仕事の都合で遅れ、食べていなかった。 Sさんが食後30分ほどで、吐き気と胃にもたつきを感じたので「このおつけ食べんなよ」と言ったので、食べなかったが、捨てるのも勿体ないので、残ったのを全部、ご飯にかけて飼い犬に与えた。 翌日の朝犬小屋に言って気付いたのは、いつもの糞と違って、兎の糞に似たころころ便だったという。 そして犬もいつもの元気がなかったようで、おかしいと感じ、その後毎日気をつけていたが、次第に体力が衰え、ついに死んでしまったとのことだった。 Sさんは小食だったので、回復した。
犬も歩けば棒に当るという名句があるが、犬もきのこにあたったのであろうか。この例は大分前の事なので、きのこの同定は出来なかったが、白い毒きのこ、そして犬も中毒したと言う、稀な例であった。
例5 〈旧広原村のTさん一家6人〉
ツキヨタケと知らずに採ってきたのを、ひと晩水に漬けて翌朝、子供の手のひら大のものを、そのまま煮つけて、ひとりで1〜2個を食べた。 味がなかったので味の素を振りかけて食べたという。
食後30分〜1時間以内に主人と息子さんを除き、4人が吐き気を催し吐き出した。 吐いてもからいつきがあり、かなり苦しんだ。 医院が近かったので、往診してもらい応急の処置をしてもらったところ、思いのほか早く回復したということだった。 数日後、往診してくれた先生宅を訪問した時、その経過を詳しく説明してくれた。 以下その要点だけをあげてみる。
・あたった人に腹痛はなく、体温、脈拍ともに普通、下痢もなかった。
・治療にはビロチオニン剤を注射した。
・子供には浣腸をした。
・注目すべきは、酒を飲みながら食べた人は発症しなかったし、女性に強く現れた。とのことだった。
・・・俺も試してみるか・・・・これは厳禁ですぞ。
例6 〈色麻町で起った、ドクササゴの中毒〉
症状については、既に詳しく発表されているので省略するが、次のような症状もあったので付け加えておく。
・Sさんの話では、髪の毛に触っただけでも頭に痛みを感じたし、夜、布団から足を出しておかないと、痛くて眠れなかったと言っていた。
・近くの部落のiさん(60才代の主婦)
私が竹林に群生していたドクササゴを眺めていた時、ひょっこり姿を現したiさん、「これ、この指見てけさえん」と言って見せてくれた指は「く」の字形に曲がっていた。「このきのこを喰って、あたってからこうなったんでがす」と教えてくれたが、一応リューマチを疑って聞いたところ「外科の先生に検査してもらった時、リュウマチではないと言われた」とのことだった。
例7 〈旧、中新田町の大工さん〉
名前は分らないが、うまそうなので、汁の実にして食べたところ、一時間ほど経った時、排便したくなり屋根から下りてトイレへ走った。 ほっとして、はしごを登り屋根板を打ち始めたところ、又、排便を感じ漏らしては、おしょしいと、又トイレへ急行、これを繰り返すこと数回、とても仕事どころではなかったと言う。 この事が新聞に載っていたので、早速大工さんを訪問した。 奥さんが余ったきのこを、堆肥の上に捨てたと言うので、案内してもらい、確認したのは、クサウラベニタケであった。
―まとめ―
以上、7例について記してみたが、訪れてくれた人に聞いてみると、多くの人たちが軽い中毒を経験していることが分った。 だが、新聞などに載るのは、ほんの一部である。 中毒の経験がある人に「中毒したときに、病院に行って診てもらったか、どうか」と聞いてみると、「行かなかった」という。 「なぜ?」と聞くと、「医者にかかると、新聞に載り世間に知られるのが、いやだ」と、返ってくる。 こんな訳で下痢や軽い腹痛程度では、市販の薬で間に合わせているのが、実情で、昔も今もあまり、変わりないようだと思っているのは、私だけだろうか?
一方、きのこの本がかなり出回っていて、知識がかなり普及しているのも事実であるが、きのこに明るい、同志の言葉を借りると、「きのこを知っている人は、ツキヨタケで、知らない人は、クサウラベニタケで、中毒している」と。・・・・さすがは名人、含蓄ある名言だと思っている。
〈編集子付言〉:傍点を付したのは、当地のなまりや言い回しであって、
筆者苦心の表現であり誤記誤変換に非ず、当地出身で
ない方々に誤読なきよう、敢えて付記付言するものです。
作者は本会創立に参画した数少ない会員であり、会員歴
36年の大先達である。
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